大判例

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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和32年(ネ)34号 判決 1957年8月20日

控訴人 株式会社鹿児島銀行

右代表者代表取締役 勝田信

右代理人弁護士 野村真太郎

被控訴人 株式会社津曲慶彦商店

右代表者代表取締役 津曲慶彦

右代理人弁護士 田中伊之助

被控訴人 此元産業株式会社

右代表者代表取締役 此元利平次

被控訴人 安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 檜垣文市

右代理人弁護士 成富信夫

<外三名>

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人株式会社津曲慶彦商店を債権者、被控訴人此元産業株式会社を債務者、被控訴人安田火災海上保険株式会社を第三債務者とする鹿児島地方裁判所昭和三一年(ル)第一二六号債権差押及び転付命令は無効であることを確認する。

被控訴人安田火災海上保険株式会社と被控訴人此元産業株式会社との間に、昭和三〇年一一月二七日締結された別紙目録記載の物件を目的とする保険金額二百万円の火災保険契約に基く保険金五十万円について、被控訴人安田火災海上保険株式会社が供託番号鹿児島地方法務局昭和三一年金第五八九号をもつて供託した供託金五十万円に対し、控訴人が還付請求権を有することを確認する。

原判決中訴訟費用に関する部分を、次のとおり変更する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人株式会社津曲慶彦商店と被控訴人此元産業株式会社との負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人株式会社津曲慶彦商店(以下単に被控訴人津曲と略称する)を債権者、被控訴人此元産業株式会社(以下単に被控訴人此元と略称する)を債務者、被控訴人安田火災海上保険株式会社(以下単に被控訴人安田と略称する)を第三債務者とする鹿児島地方裁判所昭和三一年(ル)第一二六号債権差押及び転付命令は無効であることを確認する。被控訴人安田と被控訴人此元との間に、昭和三〇年一一月二七日締結された別紙目録記載の物件を目的とする保険金額二百万円の火災保険契約に基く保険金五十万円について、被控訴人安田が供託番号鹿児島地方法務局昭和三一年金第五八九号をもつてした供託金五十万円に対し、控訴人が還付請求権を有することを確認する。訴訟費用は、第一、二審共被控訴人等の負担とする。との判決を求め、被控訴人津曲及び被控訴人安田の各代理人は、いずれも、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方事実上の主張、証拠の提出、認否は、各代理人において、次のとおり述べた外は、いずれも、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、右記載を引用する。

控訴代理人の当審における陳述。

控訴代理人は、

(一)、差押命令及び転付命令が申請に対する一の裁判であることは勿論であるが、この基本たる債権又は物上代位権が存在しない場合においては、訴をもつて、その無効確認を求め得ることは、もとより許されないものではない。

(二)、保険金請求権に対する質権と物上代位権による差押をした抵当権とは、そのいずれが優先するかの両者の優先順位は、抵当権に基く物上代位権による差押の時と質権の第三者に対する対抗要件を具備した時との前後により定めらるべきである。してみれば、抵当権の客体たる物の変形若しくは延長とみられる金銭その他の物に対する請求権が、抵当権者により差押えられる以前に第三者に譲渡されたときは、物上代位権はこれを行使することを得ない筋合である。しかして、民法第三〇四条第一項但書にいわゆる払渡又は引渡は、債権の譲渡又は質入のように、債権をそのまま処分する行為をも包含するものと解すべきであるから、本件のように、差押以前に保険金請求権につき対抗要件を具備した質権設定のある場合には、抵当権者はその請求権に対し、物上代位権を行使し得ないものといわざるを得ない。と述べた。

被控訴人津曲の代理人の当審における陳述。

被控訴人津曲の代理人は、控訴人の主張事実中、被控訴人津曲の主張に反する点は否認する。と述べた。

被控訴人安田の代理人の当審における陳述。

被控訴人安田の代理人は、

(一)、大審院昭和五年(ク)第八四四号、同年九月二三日第二民事部の決定によれば、物上代位権は金銭その他の物に対する請求権が、差押前に第三者に譲渡せられたときは、最早これを行使することを得ないものとする。としており、しかして、抵当権者が抵当不動産に代位する債権を差押えることは、第三者に対する抵当権保全の要件であるから、その差押をするにさきだち、債務者において抵当不動産に代位する債権を第三者に譲渡した場合には、抵当権者は最早差押えによつてこれを保全するに由なく、消滅してしまう。としているのである。

(二)、元来、火災保険契約は通例保険期間一箇年として契約証を作り、質権設定もこれを基礎としてなされるのであるが、これは、商法が要求している保険期間ではなく、火災保険契約約款に定める形式的な契約方式である。しかし、実際上は期間は永年継続していて、ただ、その保険料を年々更新しているのである。されば、その保険金請求権に対する質権設定の第三者に対する対抗要件を備えた時期というのは何時と解すべきであるか。

これを毎年更新する保険契約証書に対する質権設定の対抗要件具備の時と解すれば、抵当権者にのみ有利で、質権者に対しては常に不利ということになり、従つて、このことを考慮する場合には、原判決に従つても、抵当権の登記の時と質権の第三者に対する対抗要件具備の時との前後の比照に当つて質権を年年更新する以前の最初の対抗要件具備の時と解すべきではあるまいか。

(三)、被控訴人安田は、保険金請求権者を確知し得ないという理由で保険金五十万円を供託し、これにより債務を免れたのである。しかるに、原判決は訴訟費用につき、これを五分し、その三を被控訴人安田を含めた「被告等の負担」としているが、債務を免れた被控訴人安田に対し、訴訟費用の負担を命じた点は違法であるから、これが取消を求める。と述べた。

理由

被控訴人此元が昭和三〇年九月九日被控訴人津曲に対する債務につき、被控訴人此元所有の別紙目録記載の(一)乃至(三)の建物その他の不動産に対し、債権極度額金二百万円、期限昭和三五年一二月三一日、順位二番の根抵当設定契約をし、同月二〇日その旨の登記をしたことは被控訴人津曲の認めるところであり、真正に成立したと認める甲第一号証によれば、被控訴人安田の関係においても右事実が認められる。しかして、被控訴人此元は右事実はこれを自白したものとみなす。

次に被控訴人此元が昭和三〇年一一月二七日被控訴人安田と別紙目録記載の(一)乃至(三)の物件を目的とし、別紙目録記載のとおりの内容による保険金額二百万円の火災保険契約を締結したこと、被控訴人此元は同日控訴人に対し、被控訴人此元が現在負担し、または、将来負担すべき一切の借入金債務の担保として、右保険契約に基くすべての保険金請求権の上に質権を設定し、控訴人は同日被控訴人安田から右質権設定の承諾を得て、右保険証券の交付を受け、同年一二月一三日確定日附ある証書としたことは、被控訴人安田の認めるところであり、被控訴人津曲において成立を争わない甲第二号証の一、二によれば、被控訴人津曲関係においても右事実が認められる。右認定を覆す被控訴人津曲の証拠はない。しかして、被控訴人此元は右事実はこれを自白したものとみなす。

しかるに、昭和三一年五月一七日右保険の目的である別紙目録記載の(二)及び(三)の建物が全焼し、(五)の物件の一部が火災によつて損害を生じ、被控訴人安田は別紙目録記載の内訳のとおり金五十万円の火災保険金を支払うことになつた事実は当事者間に争がない(但し、被控訴人此元は右事実は自白したものとみなす)。

更に、控訴人が、さきに、被控訴人此元に対し金百二十万円の債権を有し、前記質権設定契約において保険事故が発生したときは、被控訴人安田が支払うべき保険金の額を限度として、被担保債権は期限の利益を失うことと定めていたので、控訴人は民法第三六七条第一項に基き、前記火災保険金の取立権を行使することができ得ることになつたことは、被控訴人安田の認めるところであり、被控訴人此元は右事実は自白したものとみなす。しかして、真正に成立したと認める甲第三号証の一乃至三、第四号証の一、二、被控訴人津曲がその成立を認める第五号証の一乃至三を綜合すれば、被控訴人津曲関係においても右事実が認められる。右認定を左右するに足る被控訴人津曲の証拠は何も存在しない。

しかるところ、他面、被控訴人津曲が被控訴人此元に対する売掛代金百二十二万五千七百五十五円の債権の弁済にあてるため、民法第三七二条、第三〇四条の物上代位権の行使として、前記保険金五十万円に対し、昭和三一年五月二三日付鹿児島地方裁判所同年(ヨ)第五九号事件の仮差押決定により仮差押をし、次いで、同年六月二七日付の同裁判所同年(ル)第一二六号事件の債権差押及び転付命令により、債権差押をして転付命令を受けたこと及び被控訴人安田は昭和三一年八月三一日債権者を確知し得ないとの理由で、鹿児島地方法務局に対し、供託番号同局昭和三一年金第五八九号をもつて右火災保険金五十万円を弁済供託したことは当事者間に争がない(但し、被控訴人此元は右事実は自白したものとみなす)。

そこで、まず、控訴人の債権差押及び転付命令の無効確認の請求の適否について考察すれば、元来、債権に対する強制執行は、執行裁判所の差押命令をもつてこれをするもので、その結果、裁判所は取立命令を発することがあり、又は転付命令を発することがあるが、転付命令はこれを第三債務者に送達することによつて弁済した効力を生ずるから、よしんば、その転付命令が無効であるとしても、形式上は右送達により既に強制執行は終了したものといわざるを得ない。しかして、民事訴訟法第五四四条第一項の規定による強制執行に関する異議は、強制執行の手続の進行中に限り許さるべきものであるから、転付命令が既に送達された場合には、右強制執行に関する異議をもつて救済を求める余地はないので、債権差押及び転付命令の実質的効力を否定しようとするときは、訴によりその無効確認を求め、右強制執行の効果の発生を妨げ得るものと解するのが相当である。そこで、今、本件についてこれをみれば、控訴人は後記認定の理由により、被控訴人安田と被控訴人此元との間に昭和三〇年一一月二七日締結された、別紙目録記載の物件を目的とする保険金額二百万円の火災保険契約に基く保険金五十万円について、被控訴人安田が昭和三一年八月三一日供託番号鹿児島地方法務局昭和三一年金第五八九号をもつて供託した供託金五十万円に対し、これが返還請求権を有していることが認められるところ、被控訴人津曲は前叙認定のとおり、前記保険金五十万円に対し、昭和三一年五月二三日鹿児島地方裁判所同年(ヨ)第五九号事件の仮差押決定により仮差押をし、次いで、同年六月二七日付の同裁判所同年(ル)第一二六号事件の債権差押及び転付命令により債権差押をして転付命令を受けているから、控訴人は前説示するところにより、右債権差押及び転付命令の実質的効力を否定し、その上で、前記供託金の返還請求権を行使すべき必要のあることが認められる。してみれば、控訴人は叙上の権利関係を即時に確定するにつき、法律上の利益があるものといわざるを得ない。

よつて、進んで、被控訴人津曲の物上代位権による差押をした抵当権(但し、別紙目録記載の(四)及び(五)の物件に対しては抵当権の設定がなく、その登記もないことは前叙認定のとおりである)と控訴人の右抵当物件の火災保険金請求権に対する質権と、そのいずれが優先するかについて判断する。民法第三七二条、第三〇四条第一項によれば、抵当権は、債務者が抵当不動産の売却滅失等により、他人より金銭その他の物を受くべき債権に対してもこれを行うことができる旨規定し、他に何等の制限規定もないから、保険金に対しても、右物上代位の法則の適用があるものと解するのが相当である。ところで、物上代位権は金銭その他の物に対する請求権が、差押前に第三者に譲渡せられたときは、最早これを行使することを得ないものといわざるを得ないし(昭和五年(ク)第八四四号、同年九月二三日大審院第二民事部決定参照)しかも、民法第三〇四条第一項但書にいわゆる払渡又は引渡は債権の譲渡又は質入のように、債権をそのまま処分する行為をも包含するものと解すべきであるから、保険金請求権に対する質権と物上代位権による差押をした抵当権がある場合は、その優先順位は、質権設定の第三者に対する対抗要件を具備した時と、抵当権の場合はその抵当権の登記をした時ではなく、抵当権に基く物上代位権による差押えの時との前後により決すべきであるとみるのが相当である。そこで、本件質権設定の第三者に対する対抗要件を具備した時期如何について按ずるに、被控訴人津曲の関係において成立に争がなく、被控訴人安田及び被控訴人此元の関係において成立を認める甲第二号証の一乃至三及び被控訴人安田の自認する事実を綜合考量すれば、元来、火災保険契約は保険期間を一箇年として契約証を作成し、質権設定もこれを基礎としてなされているが、実際は右期間は永年継続し、ただ、その保険料を年々更新しているのが一般取引の通例となつていることが認められる。かような取引の通例の場合は、最初火災保険契約を締結した際になされた質権設定の時、即ち、質権設定を年々更新する以前の最初の質権設定をした時が質権設定の第三者に対する対抗要件を具備した時であると解するのが、取引の通念に照らし、相当であるといわなくてはならない。しかして、これを本件についてみれば、被控訴人此元と被控訴人安田との間の本件火災保険契約は、前掲証拠によれば、前叙一般の通例に従つて締結されたものと認め得るところ、前叙認定の事実に徴すると、控訴人が本件保険金請求権の上に質権を設定し、被控訴人安田がそれに承認を与えた時期は昭和三〇年一一月二七日であり、保険証券の交付を受け確定日付ある証書とした時期は同年一二月一三日であることが明らかであるから、右昭和三〇年一二月一三日が対抗要件を具備した時であるとみるべきである。しかるに、被控訴人津曲が物上代位権の行使として本件保険金に対する仮差押をした時期は昭和三一年五月二三日であり、更に差押及び転付命令による債権差押をし、転付命令を受けた時期は同年六月二七日であることが認められる。してみれば、前記控訴人の質権設定の第三者に対する対抗要件を具備した時期は、被控訴人津曲が物上代位権の行使として本件保険金に対する仮差押をした時期にさきだつことが明らかであるから、前叙判断したところにより、被控訴人津曲はこれに対し物上代位権の行使をすることを得ない筋合である。従つて、本件差押及び転付命令は実質的効力を生ずる余地はなく、無効であるというべきである。さすれば、控訴人は本件保険金五十万円全部につき、他の債権者に優先してこれが請求をすることができるところ、被控訴人安田は本件保険金五十万円に対しては保険金請求権者を確知することを得ないとの理由で、昭和三一年八月三一日鹿児島地方法務局に供託番号同局昭和三一年金第五八九号をもつて弁済供託している事実は、前叙認定のとおりであるから、控訴人は右金五十万円の供託金につき、これが還付請求権を有するものというべきである。してみれば、控訴人は叙上の権利関係についても即時に確定するにつき、法律上の利益があるものといわざるを得ない。

されば、以上の理由により、控訴人の本訴請求は相当として認容すべきである。

よつて、原判決中控訴人敗訴の部分を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項、第九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下辰夫 裁判官 二見虎雄 後藤寛治)

<以下省略>

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